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福岡高等裁判所 昭和62年(ラ)93号 決定 1988年1月21日

第一事件抗告人・第二事件相手方

岩﨑一夫

向野恒生

右両名代理人弁護士

藤井克已

第二事件抗告人・第一事件相手方

藤木喜秋

右代理人弁護士

石川四男美

主文

第一事件抗告人・第二事件相手方ら及び第二事件抗告人・第一事件相手方らの本件各抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は、第一事件につき第一事件抗告人・第二事件相手方らの、第二事件につき第二事件抗告人・第一事件相手方の各負担とする。

理由

一第一事件抗告人・第二事件相手方ら(以下、「第一事件抗告人ら」という。)の抗告の趣旨及び理由は別紙一記載のとおりであり、第二事件抗告人・第一事件相手方(以下、「第二事件抗告人」という。)の抗告の趣旨は別紙二記載のとおりである。

二第一事件抗告人らの抗告の理由は、要するに、原決定が採用した鑑定人丑山優の鑑定結果(以下「丑山鑑定」という。)は、株式会社福岡魚市場(以下「本件会社」という。)とは比較にならない程巨大な会社をその類似会社に選んで、株価算定の際の配当性向による修正を行つており、かかる不当な丑山鑑定を全面的に採用した原決定は不当である、というものである。

三当裁判所の判断

1  株式の譲渡につき取締役会の承認を要する場合の株価(売買価格)の決定に関して定める商法二〇四条の四第二項によると、裁判所は「会社ノ資産状態其ノ他一切ノ事情」を斟酌して当該株価の決定をなすべきところ、一般には、右株価の算定方法として①類似会社比準方式、②純資産価額方式、③配当還元方式、④収益還元方式などの方式がある。

ところで、右①は、類似会社の株式の取引相場を基礎にして、配当、利益、純資産を評価対象会社のそれと比較評価する方式であるところ、右類似会社の選定が可能、適切であり、比準に当たつての修正が適切な限り、合理的な算定結果が得られるものといえる。次に、②は、評価対象会社の純資産を基礎に一株当たりの純資産額を算出し、それを株式の妥当な取引価額と認める方式であり、純資産の評価については更に簿価によるか時価によるかに大別されるところ、簿価純資産は名目資本であり、実質資本と乖離があれば株価の正しい評価は出来ないうらみがあり、また時価純資産は評価対象会社の清算を前提にして右時価純資産を考慮する点で、事業の継続を前提とする会社の取引株価の決定には不適当な算定方式といえる。更に、③は、評価対象会社の将来の一株当たりの予想利益配当額を一定の資本還元率で元本である株式の時価を求めるものであるところ、長期にわたる利益配当額の予測が可能であり、かつ、売買当事者が配当のみを期待する一般投資家である限り、この方式は最も合理性のある算定方式といえる。最後に、④は、評価対象会社の将来期待される一株当たりの利益を一定の適当な利回りで資本還元し、元本としての現在の株式価格を算出するものであるところ、実際には現在の多くの会社が利益の多くの部分を内部留保して配当に回さない方針をとつていることを考慮すれば、利益額のみをもつて直ちに株式価格の評価をするのは必ずしも妥当とはいえず、とくに非上場会社の非支配的株主の持株の価格を決定するものは配当による収入であり、会社の収益自体は直接には価格決定の要素とはならないことに鑑みれば、本方式は会社の利益処分に決定的な発言力を有する支配的大株主にとつての適切な評価方式ということができる。

2  ところで、記録によると、本件会社は創業明治二六年で、株式会社としては昭和三八年二月一八日設立され、同年四月一日福岡県魚市場株式会社から営業を承継し、福岡市中央卸売市場鮮魚部卸売人として農林水産大臣から業務許可を得た卸売業の会社であり、昭和六〇年三月末(決算期毎年三月末)現在における同社の発行株式の種類は記名式額面普通株式(額面五〇〇円)のみであり、その発行予定株式総数一〇〇万株、発行済株式総数三五万二〇〇〇株、株主数三二九名、従業員数一八五名、資本金一億七六〇〇万円、重要な子会社二社(港湾荷役を主体とする資本金一〇〇〇万円の福岡水産荷役株式会社、魚函の製造販売を主体とする資本金二〇〇〇万円の福岡魚函株式会社の二社)の会社であり、その営業種目は鮮魚、水産物加工品の卸売業、保管業を主体としていること、本件で売買価格が問題となつている第二事件抗告人の持株数は一万一七二七株であり、本件会社においてその持株比率は3.3パーセントであつて、同抗告人は同社の非支配的株主といえること、同抗告人は昭和二八年四月から昭和五三年一〇月まで本件会社に勤務し、その間永年にわたつて前記持株に対する利益配当を得ていたこと、本件会社は現在福岡市中央卸売市場鮮魚市場の水産物部卸売業者として概ね順調な営業成績を挙げており(売上高は昭和五六年度六六一億円余、昭和五七年度六九八億円余、昭和五八年度六四一億円余、昭和五九年度六七二億円余と推移している。)今後とも継続して営業活動を続けることが長期にわたつて期待できることが認められる。従つて、第二事件抗告人の持株の売買価格の決定については、営業継続が前提となる本件会社の場合、②の純資産価額方式を採ることは適当でなく、配当のみに期待する非支配的一般投資家にふさわしい前記③の配当還元方式を基礎に、その余の方式を修正要素として考慮する態度が最も適切な評価方法ということができる。

3 以上を前提に本件をみるに、原決定の採用した丑山鑑定は、同鑑定の結果を含む本件記録によると、鑑定人が本件会社の決算書類、株主及び株式関係書類、増資関係書類、会計帳籍類、課税申告関係書類など一切の関係書類を検討した上で、本件会社の普通額面株式の昭和六一年二月三日以前の最も近い日における一株の価格を、前記①ないし④方式に従いそれぞれ算定し(なおそれぞれの方式による算定価格は、①が四五四七円、②が三〇〇〇円弱、③が二三二五円及び④が四六〇〇円ないし六九〇〇円である。)、とくに③方式により算定した株価については、過去三年間における全国銀行貸出約手平均金利と株式を含まない金融資産の平均利回りとの中間値6.23パーセントを資本還元率とし、本件会社の昭和五九年度(二三期)決算期になした記念配当のうち株式配当一〇パーセントを除外して考慮した過去三年間における同社の平均配当額を六五円と算出した上、前者で後者を除して得た一〇四三円を基礎に、これに類似会社(築地魚市場株式会社、大阪魚市場株式会社、中部水産株式会社)の配当性向と本件会社の配当性向とを比較、修正して、一株二三二五円の株価を算出している。

すなわち、丑山鑑定は、本件株価の算定に当つて、③方式の配当還元方式を基礎に据えながら、なお①の類似会社比準方式及び④の収益還元方式において検討した要素のうち配当性向の開きを修正要素として考慮する立場をとり、しかもその際本件会社の取り扱う営業内容(業界)の将来における収益力の予想及び本件会社が前記類似会社三社と比較して内部留保利益の比率が高く(この点は将来における収益力の確保、増大につながる要素である。)、その分利益配当の潜在的能力が高いことを加味して修正した上、前記株価の評価をなしているところ、かかる算定態度は前記2で検討した評価方法に沿うもので極めて合理性があり、何らの不当な点も見当たらない。

第一事件抗告人らは、右類似会社三社は本件会社と比較にならない巨大会社であり、その配当性向を互いに比較するのは不当である旨主張する。しかし、右三社は、いずれも東京、大阪、名古屋という代表的消費地を抱え、鮮魚、水産物加工品の卸売業、保管業を営業している点で本件会社と営業内容がほぼ類似しており、また営業成績も本件会社に比べて売上高が1.2倍ないし4.1倍、課税前利益が2.0倍ないし4.1倍となつているものの、本件会社を含めて右会社はいずれも経営基礎が堅調で今後とも黒字基調の経営が行われることが期待されることに鑑みると、丑山鑑定が類似会社として前記三社を選んだのは十分合理的であり、何ら不当な点はうかがえないばかりか、前記三社の一株当たりの利益配当性向が本件会社の11.9パーセントに比べ、いずれも20.0パーセントないし26.6パーセントと高率である点を考慮すると、右鑑定が③の配当還元方式を基礎にしながら、前記三社との配当性向の開きを修正要素として考慮したのは極めて至当な態度というほかない。よつて、第一事件抗告人らの主張は採用できない。

4  その他、本件記録を精査するも、丑山鑑定に鑑定評価の誤りないし失当な点は見当たらず、同鑑定を全面的に採用した原決定はこれを取り消すべき何らの瑕疵も認められない。

四よつて、第一事件抗告人ら及び第二事件抗告人の本件各抗告は、いずれもも理由がないからこれを棄却し、抗告費用はいずれも各事件の抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官塩田駿一 裁判官鍋山健 裁判官榎下義康)

別紙二 抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 抗告人名義の株式会社福岡魚市場額面普通株式一一、七二七株について、その売買価格の決定を求める。

抗告の理由

一原決定は、鑑定人丑山優の鑑定結果を全面的に採用している。

ところで、右鑑定は、一株金一〇四三円という妥当な株価算定を行ないながら、株式会社福岡魚市場(以下、本件会社という)と比較にならない巨大会社である築地魚市場株式会社、大阪魚市場株式会社、中部水産株式会社の三社の配当性向の加重平均を加味し、修正して一株金二三二五円との結論に至つている。

これは、類似会社との比較としては、あまりにも不当なものと言える。

二 類似会社との配当性向による修正においては、本件会社とは福岡中央魚市場株式会社と比較すべきであるのに、これを無視した本件鑑定には不当であり、その結果、原決定も不当である。

三 よつて、抗告の趣旨記載の裁判を求める。

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